書いた人:矢崎 潤子
2021.02.03
2020年11月7日、江戸時代後期の古民家の囲炉裏に火が入り、昔ながらのカマドから「蒸しおこわ」の蒸気が土間いっぱいに広がりました。
時計が逆戻りしたようなむせかえる香り。これこそが最高のおもてなしと顔をほころぼせる野崎洋光総料理長(東京・広尾の「分とく山」本店)。
客人はもとより、地元のお手伝いのお母さんたちの笑顔も全開。
170年前の空気感のなかで繰り広げられた「1日レストラン」。古民家で地元の食材で作った漆膳2段重ねのコース料理を、東京から来たお客様にふるまいました。
昨年の11月はじめに行った、この日の模様をお伝えします。
「ハイ!こんにゃくいなりずし、30人分できあがり~!」
「けんちん汁に芋がらが入ったよ~!」
歴史ある土地の文化が食を通して目覚める町おこしに長年憧れていました。
高校まで棚倉町で過ごした私。学校帰りのあぜ道からながめる光景は美しかった。田んぼのところどころで、こんにゃく畑とサトイモ畑の緑の葉が風にそよぐ。
昭和40年頃までは見られたそんな光景も今では少なくなりました。
そんな風情を次世代にバトンタッチしたいとチャレンジしたのは、生芋こんにゃくと芋がら(里芋の茎)を古民家で食すストーリー。
途絶えそうな昔ながらの食材の味と異空間が町おこしの求心力になるはずと考えました。
さて、敷地の小さなほこらに手を合わせ、蔵の扉をあけたのが1年前。
2階の窓からうっすらと陽の光が差しこむと、ほこりをかぶったいくつもの木箱やたんすが浮かび上がりました。家主さんの記憶をたよりに木箱を開けると、屋号入りの塗膳・椀・漆器。「1日レストラン」の構想が生まれた瞬間でした。
蔵から母屋に運びいれた、ほこりまみれの漆器を洗い、破損したものをのぞき漆膳セットをつくります。助っ人は武蔵野美術大学出身の若者や、周辺の町の地域おこし協力隊の人たち。
蔵や母屋、付随する家屋の見取図をつくると、江戸から明治時代までは名字帯刀を許された商家「そめや」で、近年は農林業を生業にしていた姿が見えてきました。
囲炉裏の上部には種芋を貯蔵していた、すすびかりするムロ(物を保存するための部屋)が今もあります。“こんにゃく御殿”と呼ばれる江戸時代からの屋敷の面影です。
ご近所の農家さんたちの協力体制もできました。たった1回の昼膳を提供するだけなのに、食材の植付などの下準備から数えると2年かかりました。
日本有数の和食の達人・野崎総料理長は隣接する古殿町出身。ふるさとの味覚も食材も伝統文化も体で覚えているから安心してゆだねました。伝統の食材を洗練された料理でいただく化学反応が心地よく、口福なひとときでした。
1日レストランは磐城棚倉駅のある水郡線沿線でこれからも実施していきます。
最近では古民家再生にさらなるおまけを考えています。リモートワーク、テレワークが出来るリノベーションです。
江戸〜明治期の古民家を、旅先で休暇を楽しみながら仕事に取り組むワーケーション(Workcation)の場所へ。
10年計画でゆっくりじっくり都会の若者の楽園をつくろうとご隠居チームが動き出しています。地元の若者、学生たちの参加も大歓迎です。彼らこそ、10年後にバトンタッチしたい後継者たちなのですから。
矢崎 潤子
1951年福島県東白川郡棚倉町生まれ。クリエイティブプロデューサー。雑誌のディレクションやライティングで実績を積み(株)オフィスノベンタを創業し代表取締役に就任。2019年地域の伝統、文化、食を次世代に継承することを目的に一般社団法人ニワトコを棚倉町に設立し、代表理事に就任。一般社団法人ニワトコ